鎌倉市の概要
鎌倉市は、神奈川県、三浦半島の西に位置し、横浜市の西、藤沢市の東、逗子市の北にあります。かつては鎌倉時代に源頼朝が幕府を開き、日本の政治・経済・文化の中心でした。歴史ある鎌倉市には見所ある史跡が数多くあり、年間約2,000万人という観光客が訪れるそうです。現在は別荘地、観光地として栄える一方、東京のベットタウンとして住宅都市にもなっています。
鎌倉のあゆみ
鎌倉の歴史は古く、この地に人が住んだのは今から1万年以上前の旧石器時代の頃と言われています。
平安時代に相模守だった源頼義が1063年(康平6年)に鶴岡八幡宮(元八幡)の社殿を造営して以来、源氏と鎌倉は深い繋がりを持ったようです。そして源頼朝によって幕府が置かれると、政治・経済・文化などのあらゆる面で日本の中心となり、北条氏が実権を握ったあとも栄え、京都をしのぐ、事実上の首府となります。またこの頃、漆をなんどもぬり重ねて彫刻する技術が中国から伝わりました。これが鎌倉彫の起源といわれ、茶道の普及とともに「鎌倉物」として知られるようになります。
室町時代、鎌倉には鎌倉府が置かれます。幕府と対立し、戦いに敗れてから鎌倉は衰退の一途を辿りますが、江戸時代に入ると社寺は復興していきます。
また17世紀後半、徳川光圀が「新編鎌倉誌」を編んだこともあり、江の島の景色とともに史跡めぐりを楽しむ江戸の町人も増えていきました。この頃から鎌倉の観光地化は始まっていたようです。
明治22年(1889)に横須賀線が開通すると、鎌倉は海水浴場として、別荘地や住宅地として、人々の注目を集めるようになります。温暖な気候と恵まれた自然、歴史と文化の伝統を愛する人は多く、昭和に入って作家や文人たちが次々に鎌倉へ移り住むようになり「鎌倉文士」という言葉さえ生まれました。
1923年(大正12年)9月1日に関東大震災が鎌倉を襲い、大被害がもたらされました。そんな不幸に見舞われながらも、古くからの風土は変わることなく人々に愛され、現在も年間2,000万人もの来訪者で賑わっています。
鎌倉の名前の由来
「かまくら」の由来は、
地形が竈(かまど=鎌)に似ていて、谷(=倉)が発達しているところや、「かま(鎌形に曲がった地形の土地)・くら(洞穴)」
などと、さまざまな説があるそうです。
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| 鎌倉の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓ |
鎌倉国宝館 |
| 住所: |
鎌倉市雪ノ下2-1-1 [地図を見る]
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| 電話番号: |
0467-22-0753 |
| 開館時間: |
9:00〜16:30(入館は16:00まで) |
| 休館日: |
月曜日(休日の場合は次の平日)
月に一度の展示替え日、館内整理期間、年末年始等 |
| 入館料: |
一般 300円(210円)
小・中学生100円(70円)
※( )内は団体料金(20名以上)
・特別展の観覧料はその都度定めます。 |
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